喫茶とインテリアⅡ NORTH

『喫茶とインテリアⅡ NORTH』、とその続き
第3回 ふと思い出す


私は猫が好きなんだと思う。
猫のキャラクターは別に好きじゃない。
でもホワッツマイケルはなぜだか好きだ。
猫を飼っているわけでも詳しいわけでもない。
どうやら北国は野良猫が少ないらしい。
函館市や小樽市などの港町では遭遇する確率は上がる。
街で猫を見かけたら立ち止まってみる。
大体逃げられる。
たまに逃げない猫がいる。
しつこく鳴いて誘ってくるヤツ。
あざとく足元に擦り寄ってくるヤツ。
カメラを構えたらなぜか突進してくるヤツ。
なるべく自分からは近寄らないようにしている。
近づいて逃げられると余計に寂しいから。
仲良くなっても次にまた会える保証もない。
だったら逃げられたほうが諦めもつく。
猫は自由でいい。
私も自由でありたい。
人同士も、それぞれちょうどよい距離感がある。
近づく嬉しさと、離れる寂しさ。
それぞれに理想的な関係があって、こつこつ築きながら生活している。


『喫茶とインテリア2 NORTH』に掲載されているお店へ行った人はいるだろうか。
今は無理していろんな場所を巡るような状況でもない。
まずは自分の身の回りを優先してほしい。
地元に好きなお店があれば今のうちに好きなだけ行って。
どのお店が閉店するかなんて誰にもわからない。
住んでいる街を見直せるタイミングなのかもしれない。
なによりも健康が一番大切だ。
コロナの話題がない日なんて、まだまだ想像がつかない。

取材時はパンデミック前だった。
消毒液や飛沫防止用パーテーションも写真にうつっていない。
マスクもなかったから会話もしやすかった。
それが今では政府から不要不急の外出自粛というルールを科せられている。
とてもつらくて嫌いなルールだ。
あらためて考えた。
人々の生活に喫茶店は必要不可欠なのだろうか。
無くなってもいい存在なのだろうか、と。

昨年10月頃に突然、拙著でも紹介した砂川市の貞廣が閉店したという噂を聞いた。
出会いも別れも突然訪れる。
自分の目で確かめなければ気が済まない私は貞廣へと向かった。
噂どおり、閉まっていた。
シャッターの貼り紙にはこう書いてあった。

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お知らせ この度、店舗解体のため、貞廣宅にてコーヒー豆の販売をすることになりました。
ご不便をおかけすることになり申し訳ありませんが、よろしくお願いいたします。
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以前より解体については懸念があった。
2018年の夏、貞廣の隣にあった寺島印章店が閉店、解体。
寄り添うように数軒が連なった木造建築のため、
隣がぽっかりと空いた貞廣にも少なからずダメージが及んだ。
解体工事の際は棚にずらっと飾っていたぬいぐるみや置き物がすべて片付けられ、
一時はブルーシートで覆われた壁面から隙間風が入るほどだった。
それでもコーヒーを飲みに来てくれる、コーヒー豆を買いに来てくれる常連さんのため、
ママさんは外壁を補修して貞廣を守り続けていたのだった。
しかし、老朽化した建物にも限界が訪れてしまった。
ママさんは断腸の思いで解体を決意。
店の焙煎機を自宅に運び、貞廣はコーヒー豆販売専門店になった。
砂川に到着して、お店を構えていた銀座通りの裏路地に目をやると
『珈琲自家焙煎』と書かれたのぼりが立っていた。
歩いて近づいてみると、見慣れた貞廣の看板が置いてある一軒家があった。
私は緊張しながら玄関のチャイムを鳴らす。
「はーい」
喫茶店だった頃と同じようにママさんが出てきた。
なんだか不思議な気持ちだった。
「いらっしゃい!あらー、わざわざありがとね」
笑顔を見て安心した。
余計なことを聞くのも野暮と思ったので
200gのコーヒー豆を買っておとなしく帰ろうとした。
「あ、よかったらコーヒー飲んでくかい?」
思いがけない言葉におどろきつつ、靴を脱いでリビングへと案内された。
部屋の真ん中には、お店で使われていたロッキングチェアとテーブルが置いてあった。
ほんの少しだけ貞廣の面影が残っている。
泣きそうになってしまった。
お冷やとおしぼり、シュガーポットが運ばれる。
そして、サイフォンで淹れたコーヒーが目の前に置かれた。
テーブルの上だけ見ると、完全に貞廣だった。

しかし周りを見渡しても特徴的だったインテリアはなにもない。
あの照明も、あのカウンターも、残っていない。
「そんなの残してもしょうがないだろ、ってお客さんに言われてね」
業者に買い取ってもらったり、閉店の噂を聞きつけた人が貰いにきたりして、
ママさんの手元に貞廣のインテリアはほとんど残っていない。
あとは店舗の解体を待つだけ、という状態だった。

亡き夫と共に作り上げたお店がなくなる。
はたして、ママさんはどんな気持ちなのだろうか。
私は言葉に迷い、ひたすらにコーヒーを口に運んだ。
その時チャイムが鳴った。
どうやら常連さんがやってきたようだ。
私と目が合って軽い挨拶を交わし、窓際の席に座ってタバコに火をつける。
ふたりで思い出話や世間話に花を咲かせ、私はそれを微笑ましく眺めていた。
常連さんという存在の大きさを感じながら。
「何が一番さみしいってね、銀座通りを歩く人の姿を眺められないのがとってもさみしい」
笑いをまじえながらも、ママさんが口にした言葉がとても印象的だった。
人と人のつながりは何にも代えられないのだろう。
だからママさんはコーヒーを焙煎し続けているのかもしれない。
タバコをふかして一段落した常連さんが帰り際、
「じゃあね、マスター」
と仏壇の"りん"を鳴らして軽く拝んでから玄関へと向かった。
常連さんはコーヒー代を払おうとしたが、ママさんは頑なに受けとらなかった。
貞廣は喫茶店ではなくなったから。
かわりに、ママさんは育てた唐辛子をお土産に渡した。
私も後ろ髪を引かれつつ、帰る準備。
ママさんは生豆がなくなるまでコーヒーの焙煎を続けるらしい。
つまり生豆がなくなったら、今度こそ貞廣とサヨナラだ。

「また来ますねー」
と、私は明るく普通に別れの挨拶をした。
お土産にもらった小さな南瓜を片手に。
あれから季節が過ぎて冬になった。
今も焙煎しているかはわからない。
近々、ママさんの様子を見に行こうと思っている。

喫茶店は不要不急な存在だろうか。
胃袋を満たすだけならば自炊で済む。
それでも行きたいお店がある。

儲けたいのならば他に稼げる仕事はある。
それでも喫茶店で働き続ける人がいる。
誰かに必要とされているから街に生まれ続いている喫茶店。
「そういえば、あの人は元気にしてるかな」
突然ふと思い出して会いたくなる喫茶店がある。
客の私のこともふと思い出してくれたら幸せだろうな。
他人とも友達とも少し違う、特別な距離感でいてくれる。
私にとって、喫茶店における理想の関係。



▶︎第1回 ただの客
▶︎第2回 カウンター席の客

酒井康行
喫茶店の客。


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