喫茶とインテリアⅡ NORTH

『喫茶とインテリアⅡ NORTH』、とその続き
第1回 ただの客


当たり前だけど北海道の12月は寒い。
仕事帰りに寄ったいつもの喫茶店を出て、
なんとなくセンチメンタルな気分だった私は
歩きながら夜空を見上げてみた。
いつもオリオン座だけははっきりとわかる。
それ以外はただの星にしか見えない。
小学生の頃、夏休みの自由研究で模造紙にいろんな星座を描いたはずだけど、
何事も忘れてゆくのは仕方ないことだ。
さっき店で話したことすら全然覚えちゃいない。
そんな緊張感のない毎日を薄く積み重ねている。

私は函館市に生まれ育ち、社会人になってからは札幌市に住んでいる。
いわゆる道産子ってやつだ。
それ以外に特筆すべきプロフィールのない私が、
昨年末に突然『喫茶とインテリアⅡ NORTH』という喫茶店の本を出した。
こんな経歴ゼロの私を選ぶ大福書林は、本当に変わった出版社だと思う。
もっと喫茶店に詳しい人なんて山ほどいる。
私にしか書けないものってなんだろうか。
文章や写真のプロではない一般人だからこそ、
私なりに真正面から喫茶店と向き合って書くことを心掛けた。
思い出の詰まったインテリアを眺めながら、
開店当初からの話や現在の思いをお店の人に直接聞き、
街でお店を続けていくとはどういうことかを客ながらに知れたような気がした。
この本を読んでくれた人が、
身近な街の誰かのことを考えるきっかけになれば嬉しい。
というか、私が読みたかった本を作ることができた時点で私は既に嬉しかった。
発売から1年が経つ今、私の本はどこかの誰かの本棚に馴染んでくれているだろうか。
協力していただいた喫茶店、本を置いてくれているお店や図書館、
ちょっとでも興味を持って読んでくれた人たちには感謝しかない。

さて、そんな酒井康行はこれを機に北海道内の喫茶店をさらに巡り、
お店の取材や情報発信に力を入れるだろうと思われたかもしれないが、
残念ながら目立った行動は何もしていない。
なじみの喫茶店へ行ってくだらない会話をして気が済んだら帰る、
というルーティンを繰り返しているだけ。
つまり、ただの喫茶店の客をやっている。
それは本を出す前から変わっていない。
行ったお店を宣伝するだけが応援ではないと思っているから。

とはいえ、コロナ禍で不要不急な会話を自粛するあまり、
せっかくお店のカウンター席に一人で座っても本を読んだり
携帯電話の画面を見る時間が長くなってしまったのは寂しい。
いや、今やその姿こそお店に求められる理想の客なのかもしれない。
かと言ってこんな状況だし、ただ長居するだけでは申し訳なくなって、
注文するメニューを増やしたりコーヒーチケットやグッズを買ったりして
少しでもお店に貢献しようと試みる。
内心、経営を心配しながら利用するなんて野暮ではないかという葛藤もある。
本当は何も考えず心地よい空間に身をゆだねていたい。
喫茶店文化を支えるだなんて大それた目標を掲げずに、
好きな喫茶店で好きな時に来て好きなだけリラックスしていたい。
こうやって文字にすると、なんて身勝手で我儘な客なんだ。
でも、そんな私を受け入れてくれる店主たちがいなかったら
『喫茶とインテリアⅡ NORTH』は生まれなかったし、
きっと今の私は存在していないだろう。

世界を取り巻く環境が変わってから2年目の冬を迎え、
そんなことを考えたり考えなかったりしていたら、
大福書林から今回のコラムのオファーが来たというわけだ。
んん、こんな怠け者が何を話そうか。






▶︎第2回 カウンター席の客
▶︎第3回 ふと思い出す

酒井康行
喫茶店の客。


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