フクモ陶器撮影秘話

制作話
Screenshot

以下のテキストは、先日大福書林社屋に矢文で届いたものである。差出人は不明。ただいま指紋を鑑定中。

「フクモ陶器」という謎の組織によってつくられている伝統陶器の存在が確認されたのは、21 世紀の初頭である。おもに東アジアの一部で数多く見られ、2025年には世界初の研究書が編纂された。

本の出版によって、フクモ陶器の目的や正体が明らかになることを期待したが、関係者はただ熱に浮かされたようにフクモ陶器を讃える言葉を口にするだけで、肝心なことはいまだに謎のままである。

しかし、我々はフクモ陶器の取材を進めるなかで、この本の写真の一部を撮影したというカメラマンの消息をつかみ、撮影時の話を聞くことができた。以下は、彼らが体験した『無用的芸術 フクモ陶器』撮影の一部始終である。

世界初のフクモ陶器研究書




突然の依頼

東京都在住の小宮山裕介さんとわだりかさんは、mobiile という会社として、小宮山さんは料理撮影メインでときにタレントさんやパリコレクションなど、わださんはクラフト本をはじめライフスタイル系の撮影をしていたが、2024 年秋にふたりは顔見知りのデザイナーから突然フクモ陶器の撮影を打診される。

わださんは「え、なんでうちに依頼したのかしら?」と困惑した。小宮山さんは胡散臭さを感じたというが、好奇心に抗えずに撮影を承諾した。

わださんに連絡をとったデザイナーS氏にも直撃インタビューを試みた。この人選について尋ねると「私はこの本にとってふさわしい人を選んだだけです」と回答するS氏の背後には、『オイデオイデ壺』(p.47)はじめいくつかのフクモ陶器らしき調度品が飾られていた。

「オイデオイデ壺」



撮影当日

2024 年12 月某日、朝早く富士山が見える指定場所につくと、フクモ陶器社員を名乗るF氏、担当編集者T氏、デザイナーS氏がにこやかにふたりを出迎えた。建物の中のひと部屋に案内された先にはいくつかの大きな棚があり、中には奇妙な陶器が整然と並んでいた。

「撮影に使用する布もすべてアイロンがかけられていて、なんと準備がよく行き届いていることかと感心しました」(わださん)
陶芸特有の粉っぽさはなかったという小宮山さんの言葉から、そこは生産工場ではなく社屋のなかの一スペースだったと推測される。

それからすぐに小宮山さんは、部屋の奥に立っていた男性の存在に気が付く。F氏から彼はこの撮影のために来た『髭書家(ひげしょか)』だと紹介された。
同じくらい長身で髭を生やした髭書家の男性I 氏と小宮山さんは、まるでドッペルゲンガーだった。

「髭同士なのでモデルさんに親近感と、唯一無二の立ち位置に羨望を抱きました」(小宮山さん)
奇妙な空気を感じつつ、撮影がはじまった。

撮影場所は富士山麓の何処からしい




捏造疑惑

最初の写真は、注ぎ口から白い手首を差し出す『頂戴壺』だった。不気味だがどこか愛嬌のある陶器を、ふたりはプロフェッショナルに徹して撮影した。
事前に伝えられた制作側からのリクエストは「経年感」だったという。
「フィルム時代から長いこと商業写真撮影をしてきたので、基本に忠実に、また、文化財を撮影する時のように撮影現場ですべて再現することにしました」(小宮山さん)
「デジタル処理もできますが、アナログ撮影でできることを求められているのだと、ワクワクしました」(わださん)

「これは『人形運び茶碗』です」
つづいてF氏は車輪のついた染め付け茶碗を持ってきた。
「世間でよく知られる『茶運び人形』は、人形がお茶を運んでくれますが、こちらはお茶碗が人形を運んでくれる珍しい品です」
よく見ると茶碗の上に載っている小さな人形は悦にいった表情を浮かべている。F 氏が茶碗に電池を装着して人形を乗せると、畳の上をゆっくりと茶碗が進んだ。

撮影中の『人形運び茶碗』。茶碗の上と同様に正面に描かれている人形も得意げだ。


「このラジコン式の『人形運び茶碗』が茶席の畳の上をスムーズに移動する様子を、昔の写真のように撮影してください」とS氏は見本を見せながら撮影を促した。

デザイナーのS氏から提示されたイメージ資料『少年少女のためのデザインと写真』(学習研究社/1970 年)

「多重露光は昭和の撮影技術の定番ですよね。実際現在のデジタルカメラで多重露光できなくはないんですが、最適な結果にならないのでデジタルで調整しました」(小宮山さん)
わださんは「もしかしたらフィルム撮影でも良かったのかなあ?」と思ったというが、事前にS氏は「出来上がった写真がそのように見えれば構いません。すべては社長のご意志です」と話していたという。
デジタル全盛期の現代において、あえてアナログにこだわるフクモ陶器側の意図とは一体……。その真意は明らかにされないまま、撮影は進んだ。




虚構と幻

「『海球儀』は、浦島太郎が竜宮城から盗んできた秘宝です。ひと目見た瞬間に太郎を惑わせた夢のようなイメージでお願いします」
S氏はパーティー用の銀色のモールを飾り付けていた。そんなもので竜宮城を再現するつもりなのかと誰もが不安を感じていたが、カメラマンの技術によって夢の中のワンシーンを切り取ったように撮影された。
「立てたスタンドにキラキラモールをくしゃくしゃにして絡ませて、その隙間から撮っていましたよね。そのバランスは小宮山さんのセンスで」(わださん)
「フォトショップで合成したら自由自在なシーンを現場で微調整することでしか生まれない空気感。垣間見えた美しさから盗んでしまったんだろうなあ」(小宮山さん)
最初は胡散臭さを感じていた小宮山さんも、この時点ですでにフクモ陶器の幻に飲み込まれつつあった。

ドリーミーさが過剰に演出される『海球儀』。

『海球儀』の撮影がおわると、奥の部屋から黒紋付に着替えた『髭書家』の男性がおもむろに現れた。

「文字の一部を表した陶器の『髭仮面』を顔にかぶり、文字の残りの部分を髭で完成させる『髭書』。今回『髭書家』の方に来ていただきました」

F氏の説明には初めて聞く単語が多いが、撮影を止めるわけにもいかないので深く追及はしなかった。『髭書家』になるためには数ヶ月のあいだ髭剃りをせずに禊の期間を経る必要がある。I 氏も、髭を整えることも禁止なので理容室にも行かずに今回の撮影に臨んだという。
F氏が持ってきた髭仮面をつけるとI 氏の顔に『無』という文字が現れた。I 氏の数ヶ月間の努力がまさに『無』として完成した。

「最大限の効果が出るようにライティングを調整しました」(小宮山さん)
「モデルさんの髭はもちろん、肩の高さや紋付の紋をよく見せることに集中したような……作品よりモデルさんばっかり見ていたのかも……」(わださん)

わださんは幸いにも作業に集中していたため、『無』の影響を最小限にとどめることができたのかもしれない。

髭書家を迎えた『髭書』の撮影は厳戒態勢だったため、隠しカメラによって撮影。



栗まんじゅうを求めて

次は「次は、茶室をつくります」
並べられているのは茶道具と思しきいくつかの陶器と赤い布だった。

「壁がバックペーパーだったりそれに掛け軸を掛けたりなかなか不安定な状態でした。(写真を見ると)意外と厳かな茶室に見えますね」(小宮山さん)

白い手首にラジコンのモーターと車輪がついた『もてなしの心』は、茶席で客に茶菓子を運ぶ陶器である。栗まんじゅうの角度を繰り返し確認する様子から、S氏の並々ならぬ執着を感じられたという。

「ここに載る茶菓子はとても重要です。色・形・大きさなどから栗まんじゅうが最適と判断しました。水を湛えたようなつややかな表面と手のひらにフィットする楕円形の栗まんじゅうを求めて各地を歩き、東北のスーパーマーケットで理想の一品を発見しました」

背景には茶人の掛け軸(p.88)が掛けられていた。
出番を待つ『もてなしの心』と撮影を終えてリラックスした様子の『人形運び茶碗』。



執着

食への強いこだわりは「ごはん付きカレー皿」にもあらわれていた。
「カレーはボンカレー甘口のレトルト。濃すぎない色と具の感じがかわいらしいです」とS氏は語る。
「ボンカレーというチョイスが沁みます。味わいが写真にも滲み出てきたようです」(小宮山さん)
昭和の洋食店でよく見られた銀色のグレイビーポットを探しまわり、テーブルに飾られた花は造花でなくてはならないというS 氏のこだわりを受けてF氏が用意したものだという。

「弊社では料理の撮影も多いので、カレーの具を美しく出すことに集中していたかもしれません」(わださん)
T氏が用意した鬱金色の布の上で、また無用な陶器がひとつ完成した。

ごはんが陶器でできており、カレーを用意するだけでカレーライスになる皿。



演出された落雷

最後は、“世界の始まり” を再現するという『天地開闢囲碁』の撮影だった。

事前の打ち合わせでは「天地創造の場面を昭和の特撮風に!」「雷を画面上にピカッと光らせて」と好き放題言ってきたので、GOBOという装置を提案したという。

「スポットライトにGOBO(ステンシル)を使っての撮影は調整がむずかしいのだけど、雷のボケ感や陰影が一発撮りでしかできない雰囲気をくれる。結果、荘厳な作品の世界ができたと思います」(小宮山さん)
「色もつけたら面白いかも~って、その場で思いついてフィルターも使いましたよね。何色も試してみたりして楽しかったです」(わださん)

さまざまな試行錯誤を経て、天地が開闢するスケールの大きな写真が仕上がった。制作側もその場で写真を確認して満足そうにしていたという。撮影終了後、解放され建物を出ると外はまだ明るく、ふたりは富士山をあとにして帰路についた。

GOBO のテスト。カメラマンの技術によってスペクタクルな天地開闢のシーンになった。




後日談

最後に気に入っているフクモ陶器について尋ねた。
「天地開闢囲碁、人形運び茶碗」(小宮山さん)
「十谷焼、脱走茶器、パイン様」(わださん)
わださんのうしろにはパインの輪切りを象った偶像が飾られていた。

謎の祭礼に使用されるという『パイン様』



おわり


(2025年6月)



写真家ユニットmobiile
小宮山裕介、わだりか HP

「撮影以外の活動として、nadowaというカメラバッグの企画販売や、早稲田でLe tiroir(ルティロワ)というスタジオ兼ギャラリーの運営をしたり、台湾黒市という飲食・物販イベントを行なったり、証明写真機(人力で、中に小宮山が入っている)をやったりも。
台湾には震災の年に初めて訪れて以来、何度も行っています。台湾で友人も増えてきました。。2018 年には「島作」、2019 年、2023 年、2025 年には「覓市 / Me, Marché」というマーケットイベントに参加。10 月にも行く予定」

精巧につくられすぎて、周囲は人力だと気づいてなさそうだった証明写真機

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