このウェブ対談は、東京堂書店神保町店6階ホールで、2016年7月19日(火)19時から行われたスライドトーク「まちのよきかな十番勝負」の完全版として、2016年7月30日(土)に収録したものです。
『まちの文字図鑑 よきかなひらがな』(大福書林)の刊行記念として行われたこの企画、『よきかな〜』著者でブックデザイナーの松村大輔さんが、ゲストに6月に『タイポさんぽ 台湾をゆく』を上梓されたグラフィックデザイナーの藤本健太郎さんをお迎えしたスライドトークでした。お二人は、ネット上でまちの文字の写真のことで交流を深めるようになり、2012年に、藤本健太郎さんが「アイデア」誌での連載を1冊にまとめた『タイポさんぽ』(誠文堂新光社)を刊行する際、松村大輔さんをデザイナーに指名されました。『タイポさんぽ』の取材に松村さんもたまに同行させてもらうなどされたそうです。『まちの文字図鑑 よきかなひらがな』は、逆に藤本健太郎さんに装丁と解説文をお願いし、快諾していただいたという経緯があります。
ふだんは北海道におすまいの藤本さんが、ちょうど『よきかな』発売直後に東京にいらっしゃるということで、急遽、「今まで行ったことのない場所に事前調査なしで行ってよきかなを探す」という無謀なスライドトークが実現しました。イベント当日は、機材トラブルがあって少し開演が遅れてしまい、30分ほど延長し てトークを行ったのですが、とにかく盛りだくさんの内容をご用意いただいたので、すべてをご紹介することがかないませんでした。せっかくなので、ウェブ上で、みなさんに見てもらえたらということで、改めて後日収録を行いました。
それでは、お二人の息の合った対談をごらんください。
大福書林
謎の機材トラブル、結局原因が分からないまま…。あれは何だったんでしょうか。ともあれ、ご来場の皆様に見ていただけなかったものも含め、開陳してまいりたいと思います。
ほんとご来場の皆さまにはご迷惑をお掛けしました。 原因を話し出すと長くなりそうなので割愛させていただきますが……
今回は、『よきかなひらがな まちのよきかな十番勝負』と題しまして、松村/藤本両名が〝いまだ未踏のまち〟に乗り込み、採取してきた文字でバトルする、という趣向でございます。
自分は今回、中学校の修学旅行でチョビッと行ったことがあるだけの【函館】にいってきました。着いていきなりみつけたのがこちら。
「か」です。ただのなんてことない「か」なんですけど。なんというかこう、消えかけの荒れが味わい深くてですね…
「まかば荘」さんです。「ま」もだいぶいいバランスしてますね。最初はゆるめのストレートではじめてみましたww
工場のような佇まい……。本番を見てくださった方もお分かりの通り、藤本さんはきちんと「ひらがな」を中心に採取してくれたんですよね
「よきかな十番勝負」ですからね!! というか、かなだけを採取しようとすると、今までの路上タイポ観察とはまた違った目線になるなというのを随分実感しました、今回。
自分は「よき文字」ととらえてしまい、1日の取材だけで済ませてしまいました。申し訳ない!でもまた新たな視点が誕生したと言ってもらえるととても嬉しいです!
さて、ぼくが行った町ですが、ある日Twitterで、青年Aさんが別冊商店建築シリーズ『秀作店の外装と看板』という本を紹介してくれたのがきっかけなんです。
ぼくがすぐに飛びついて「購入しました!」などとやり取りをしていると、この「ピエロの部屋」の写真を見せてくださったのです。キャプションを見てみると「土浦市」。まだ訪れたことがない街だったし、看板の後ろの映画ポスターも気になったので即決した次第です。
何の予習もないまま土浦の街を歩き出したら、歓楽街につぐ歓楽街。
路上にランジェリーのマネキンも設置されていたりして、なかなかハードコアな景色が続きます。
土浦駅周辺だけだと、文字採取的には数が足りなかったので、取手駅から常総線に乗り、気の向くままに移動します。
行先が「水海道」という駅だったので、次の街は水海道に決定。というわけで、茨城県の土浦と水海道の街を訪れました!さっそく一文字目から。
読めますでしょうか。「で」です。濁点をリボンで表しているのですが…
こう並ぶと読めますね。単体で引っ張り出すと「5」感がすごすぎてとどめのリボンでわけがわからなくなる(笑)
「リボンとり」までは結構普通な筆致ですよね。これ「と」でできたクルリをどうしても「て」でも生かしたかった心理かな…
たしかに「5」をひっくり返したような「で」ですね。これは取手駅の駅ビルです。
こう、カクッとさせるしか、あのクルリを生かす方法がなかったと見た(笑)!
おおー。「で」の折り返し垂直に下がってる部分ですよね。クルリのツラを合わせるための。見てる部分が違うな〜。
取手の物件って知らないとこれ、「リボン」という女の子ちっくワードと「とりで」っていうWARなムードが合体したように見えてミスマッチ感がすごいです。
すいませんまた普通で。なんかこれ、ほんとあとから思ったことなんですけど、目と鼻に見えてきて。なんというかその、むかしのまんがというかポンチ絵とかで、すごくわけのわからないフォルムの表現で人間の顔を描くやりかたってあったじゃないですか。日本でもアメリカでも。鼻の向こうにあってみえないはずのむこうがわの目もこっち側に描いちゃう、みたいな
なんかそういう横顔に見えて来たんですよね(笑)。ほんとのところ申しますとこれは、こちらをお見せしたかった。 ⬇︎⬇︎⬇︎
もうね、「亭」をなんとかして入れたかったという強い意志を感じます。
居酒屋ですね。繁華街のまんなかにありました。
「亭」の字が真ん中かにドーンといて、左右に●持ちの「じ」と「む」が控えていて、なんかフロンタル構図の宗教画のようです(笑)。釈迦三尊かっていう。
ありがたや〜
「◯◯亭」はよくあるけど、店名の間に「亭」を押しこめた例は見ないですね(笑)
そう!そこなんですよ。その無理亭感。新ジャンルを感じました。 かたち的には菱形に入れ込みたくなったのもわかります(笑)それでは次、どうぞ!
本番ではクイズ形式にしましたが「ち」なんです、読みは。
一字だけ見ると本当にわけがわからない。全体見ると納得、という。ルビをこんなところに入れるなんて前代未聞ですよ。
ルビを内包させた例はまま見るのですが、入れどころがね。クチの抜き部分をも表現させたかったのか
広義でいえば【象(かたど)り穴】(口など、文字の中にできる穴の部分をなにか別のかたちで象形したもの)の一例ともとらえることもできそうですが、なんせ珍しさがすごい。
そう考えるとデザイナーとしてあたまの片隅の置いておきたい事例ですね。
これ太丸ゴシックだからいいんですかねー!えらく凝ったレタリングでこの技やられると too much 感が先に来ちゃいそう(笑)。そろそろ変化球いきますよ!
こうなんか、スポーツフォトみたいですよね、これ(笑)。
なんかすごいムーブのどこかまんなかへんの1コマみたいな感覚がある。このあとすごいアタックがキマるみたいな。
これは見上げたときびびりましたね。もうよきかなかどうかは通り越してた。
「これは勝てる」みたいな、なんかそういうおかしな基準で選んでた。十番勝負を意識しすぎた目にこそとびこんできた「し」。
それ、わかります。ぼくも「勝ったな」「ああ」みたいな字が何枚かありました
この右下に向かってしゅっと伸びてる線、もしかして古い「し」の書き方でよく出てくるアタマについている最初の点…(?)の痕跡器官…(?)みたいな、ボンヤリ仮説は一応立てましたが……。尾骶骨みたいな。
にしてもメインのストロークが右方向の上がりではなく左下に向かって減衰していて、もう本当につかみどころを許してくれない「し」です。
書の専門家がここにいらっしゃれば、なにか手がかりが頂けるかもしれない(笑)。 そういうレベルですね(笑)
そう、「逆」なんですよね。「ちょっと誰か五體字類持ってきて〜」
「む」「さ」「や」の難易度は低いため、書の素人の目には「し」たり得たという「し」でした。こちらはスーパーですね。
では次を……。
では筆書きの流れで、頭でっかちシリーズ「ぶ」です。
ぶっ(笑)
なんかこれは「つぶ」に見えますね。合字みたい。
ね。これに焼きをつけて「つぶ焼き」にしてみたい欲求にカラレル。
やまつぶ〜〜〜。
かわいいです。とてもかわいいです。民芸こけしのようなかわいさ。
かしわ(注:鶏肉のこと)屋さんですかね。文字の後ろのリボンの配色もよいです。
これはリアル筆書きではない、ちょうちん文字(アウトライン考えてぬりつぶしていく方法)的にできた文字っぽいですね。
いやぁこれは書いてますよ〜〜〜(笑)。こんなすごいの、筆でイケるもんだろうか(笑)。 あとなんか、メルモちゃん(手塚治虫『ふしぎなメルモ』)的な魅力がありますね。
そしてこれ、そこはかとなくこう、なんというか、かりんとうっぽい…(すいません、行間読んでください皆様)
「し」が!!!! さきほどの「むさしや」とも違うお店ですかね。
こちらは函館湯ノ川温泉のほうまで市電で移動しまして、大きな観光ホテルの裏口、業務用車両が横付けされるバックヤード側で見つけました。
どうも仕出し屋さんのワゴン車みたいでしたね。この「し」もすごいですよねぇ。
社用車が並ぶ会社裏手の駐車場は狙い目ですよね。ぼくもよく撮らせてもらいます
一般の人の目には触れづらい、店の裏手ってほんとなにかしらの発見があります(笑)。
うーん、「し」を含め、だんだん格好よく見えてきました。凜とした空気感。
これ、「む」のかたちもおもしろすぎるのでどっちを出そうか迷いました。「む」はおもしろいですが読みやすいですね。
いやーもー今までそれほどは筆書きのいい感じの文字って着目してなかったんですよ。よほどのものじゃないと結構スルーしてた。
ところが、「よきかな」っていう目線を与えられて、がぜん筆文字の、一期一会の墨のうごきが固着したものがそのまま永遠に残った、みたいな字のよさに目覚めちゃった実感がすごくあります。
それは自分も同じですね。平仮名の本を作ることが決まってから、見るようになりました。
ですので今回の出物、わりとそっち系がおおいですね。ふだんはレタリング系ばっかり見てるのに、すごく自分としてはめずらしい。
うれしいです!でも自分はまだそこまでよさを理解できてないかも。
ここでちょっとブレイク。
(笑)。フォーク音引き。イタリア語かなー。意味は各自で調べてください。
なんかこう、イタリアのまち、古い石畳の教会前広場、酔っ払った気の良いおっさんがバルに今夜もいつもの時間にあらわれて「ディースッ」みたいな情景を感じます。さあ飲んで食うか、という。
力の抜けたおっさんライフ的な呑気さを感じさせる字です。というか、おいしそう感が出てる…(笑)
(注:その後の調べで、ディースはイタリア語ではなく、D’Sカンパニーという会社名からの命名と判明しました)
ひとつの看板で想像がたくましい! 最近、近所のガソリンスタンドで、スパナ音引を見つけましたよ。
オンビキにそのままブツをあてがう例、これはひとつのジャンルかもですよっ。
オンビキ、遊べるもんなぁ。自分ももしかしたら過去の仕事でやっているかもしれない(笑)
ありそうですね。矢印とか。流行った時代があったよな。
「おやじギャグ的なセンス」のポジティブな発露、って感じがしますね、象形オンビキ。
Round2へつづく!
[告知]
次回よきかなスライドトークイベント
VS 八画文化会館
京都・誠光社 8/27(土)
文字の形を追い続けるブックデザイナーの松村大輔さんが日本各地で採集した、個性あふれる看板の文字。『まちの文字図鑑よきかなひらがな』は、ひらがな一文字に寄った写...